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橋本恭明に関する事や「橋本恭明スタジオ シータ」について記載されているページです。

こんにちは。
長年、挙動不審だけを延々と続けられる
自殺と一家心中を突きつけられる日々
日常の買い物から路上その他すべてに策を仕掛け、止む事の無い、終わった死んだ、の日々
現在、マスメディアに家族が殺されかかっている
マスメディアに実父を殺される
警察の犯罪
マスメディアが住民を動かし、2月から24時間止む事のない日常盗聴等すべての観察監視、すべてを奪われ失い、死んだ、人生終わった、と繰り返される5ヶ月
観に来てくれて
ありがとう
It is the 10th
site studio.
profile
サイト関連
肩書
  芸術家. 現代美術家
橋本恭明スタジオΘ
  万人の芸術
本名
 
 橋本恭明 (はしもとやすあき)
Web名
  ネオ 
neo
出身地
  広島県
サイト所在地
  美術.芸術.文化系
生年月日
  1973年5月10日
公式サイト年号
  First. - 2001年~2006年
  仮Θ-2006年~2007年
  Θコンテンツ - 2008年~
職業
  芸術活動 講師
特技
  髪の毛が直ぐ伸びる事
2010
絵画芸術指導と共に2010年でサイト10周年
??
  ??・・・!

橋本恭明 (はしもとやすあき)

広島県出身の芸術家. 現代美術家

上文 - 橋本恭明 下文 - 橋本恭明と美術芸術

外見上尋ねられる事では、産まれた時から額中央に一筋の凹みがあり、他にも右腕が左腕に比べ若干細い事もあるが何も支障はございません。あと昔から無意識に頭が右に傾く傾向あり。顔は彫りが深く鼻も高い為に海外の方と思われた経験もありますが日本人です。実家は山の中腹辺りにあり、田畑や河、虫土や花の香り、自然の中を走り回り幼少期を過ごす。

小さい頃からクレヨンや鉛筆で遊び、10歳頃から頻繁に写生大会へ出掛けては風景を描く事に楽しみを覚える。
小学生の間は透明水彩を好み、数年間パレットを一度も洗わず風景を描き続ける。
油彩を扱うようになる17歳頃から芸術に興味を示し、描く事に挫折を繰り返しながらも枚数を重ねる事で日々を過ごす。
21歳頃迄に何度か個展会場に出掛けたり書籍から得る情報等から自身の進もうとしている道へ何ともいえない不可解さを感じ始める。その頃、多くの虚像とそれを求めている現状を目の当たりにした事等から次第に作家存在の空しさの思い、何ともいえないやり切れなさが募り始める。22歳を過ぎた頃に美術界の真の実情を知り、その空虚な世界と幻影を求め続ける作家存在との間にその人生から感じる疎外感も相俟って、自分のやらなければならない事を考えるようになる。作る事の喜びと表現したい事の間で制作模索を続け、様々な方向に行動し試行錯誤を繰り返す。その事等が切っ掛けとなり想像する事へ近づける制作スタイルへと変わって行く。その後コンピューターに触れWebの広大さに驚き、自身のサイトを持ち伝え表現する事に興味を持つ様になる。2001年公式ページ開設。国内外での活動を重ね、ドローイングと精神から31歳の時に絵画指導日本一宣言を行なう。誰にでも身に付き描ける様になる指導も加わり芸術活動を継続、客観と観念の精神を平面造形を用い表現し、総合思考から公開制作デザインを行なった後、活動の1つの敬称として36歳の時に自身自らドローイング最高峰宣言を行なう。その後も描画制作と共に活動を継続し現在に至る。

掲載年: 2008年6月24日
文追記記載: 2009年4月12日,11月24日


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